世界一周旅行

ピースボートで人生が変わった体験談【看護師編】

世界一周経験者として、ピースボートって結構気になるんだよね。

確かに看護師やってた頃も、結構興味持ってる人多かったかも。

今回は実際にピースボートに乗船した看護師の知り合いの体験談を紹介するね!

ピースボート乗船体験談

 

1.乗船前

私がPEACE BOATに乗船したのは24歳、もう13年も前。

そもそもPEACE BOATなるものを知ったのは専門学生の時。当日、看護専門学校に通いながら、近くの小さな個人医院でバイトをしていた。そこの受付事務の人が、高校の先輩だったという縁もあり仲良くしてくれた。その先輩は当時から、見聞が広く海外に興味を持っており、高橋歩さんの「LOVE &FREE」「WORLD JOURNEY」を教えてもらった時、私にとってはかなりの衝撃だった。そして、その流れでPEACEBOATという存在を知ったのだ。

当時、姉はカナダにワーホリに行っており、自分もいつか海外に行ってみたいなんて、漠然と思っていた。「地球一周」。なんて魅力的な言葉。しかも、船で勝手に連れて行ってくれるし、英語話せなくても何とかなるんじゃない?と(笑)

その頃から世界遺産というものにも興味が出てきて、看護師になるという目標も持ちつつ、「いつか乗船するぞ」、ともう一つ目標が出来た。

その後、無事に看護師となり、実家生活だったのもあり、めちゃめちゃ頑張ってお金を貯めた。ピースボートセンターには一度だけ行ったけど、実家からはかなり距離があり、通う事はしなかった。センターにいる人たちは、仲間感が強く、若干のアウェー感を感じたのも正直なところ。

学生だったり、旅費を抑えたい人たちはポスター張りをしたりボランティアをしたりして少しでも旅費を抑えようと通っていたみたいだが、まだ新人で仕事に必死だったのと看護師という仕事柄か、旅費を抑えるという努力には至らなかった。ここを後ほど、少しだけ後悔する事になるのだが。

そして、看護師3年目に目標額がたまり、行きたい国が多くある航路があることもわかり、ちょうど仕事が嫌になってきていた(これはワガママw)頃でもあり、遂に乗船する事を決意!!

しかし、1番の難関は、仕事を辞めることでも金銭問題でもなく、親の説得だった。今まで、PEACEBOATというものがある事や、いつか行きたいという事は全く話してなかったため、親は、

「そんな怪しいモノに乗るくらいなら留学しなさい!」

という反応だった。

居酒屋に必ずあるポスター。

なんとなく怪しいのは、知らなければそう思うだろうから否定しない。私からしたら「目的が違う!短期間で地球一周して、世界を見られる事が魅力なんだ!」と大喧嘩。資料を見せ、いかに魅力的なのかを力説し、最終的には通帳を見せて、帰ってきたらまたすぐ働く事を条件に、しぶしぶ承諾をしてもらったのだ。

一人参加だし、センターにも行ってないし、英語も喋れないし、不安も大きかったが、大海原に、世界に飛び出す(乗ってれば着くという他力本願なw)というワクワクの方が優っていた。

荷物も何を持って行ったらいいのかまったく分からない。とりあえずは、書いてあるモノを段ボールとスーツケースに詰め、段ボールは事前に郵送。

センターに通っていればもっとコアに楽しむ事が出来ることもあったのではと、後々思うのだが、まぁ、それはそれで。

2.乗船中

まず、お金もそれなりに貯まったため、部屋のランクは1番安い所から1個上にした。部屋のランクで部屋のスペック、参加者の層はだいぶ変わる。ちなみに、ポスターに貼られている金額はボランティア等の活動は一切せず、早割をきかせた金額でツアーなどのオプションはまったく付けてない状態での金額だ(10年以上前は。現在はどうか分かりません)。

船に乗り、勝手に国に連れて行ってはくれるが、その土地での行動は自由、もしくはオプショナルツアーへの参加となる。着港から出港までの時間の制約もあるし、一人で動くには危険な国もあるし、交通手段を調べたり、安全性を考えると、旅慣れている場合や若いからこその飛び込んでいく勇気がない限りは、ツアー参加が無難。となると、オプションでどんどん金額は追加される。

ちなみに、マチュピチュはツアーじゃないと行けるわけがなく、申し込んだが抽選に外れたので、ナスカに行った。他にもツアーは色んなプランがあり、全ての国を選ぶ必要はないし、船に乗ってからでも申し込みもキャンセルもできる。ツアーというか、PEACEBOATならではのプログラムもあり、個人で行くには出来ない経験(カンボジアの地雷について学ぶプログラムや、パプアニューギニアで現地の民族の人たちとの交流プログラムなど)ができるる。地球大学、というものもあり、これももちろん追加金が必要だが、船内で大学さながらの講義が受けられるのだ。

乗船前に、センターにほとんど行かなかった事を後悔、と言ったが、その理由を説明しよう。

まずは、前に説明したツアーやプログラムなどの詳細な情報は、資料だけではイメージしにくいものもある。この点はセンターに通っていれば、スタッフや先輩乗船者達から話を聞くことができただろう。そうすれば、特殊なプログラムにも申し込めたかもしれない。すべてを覚えてはいないが、普通では経験が出来ないようなものがいくつかあった。

もう一つは、私が乗った時は乗船者(客)だけで1000人くらい。それ以外にほぼ日本人のPEACEBOATスタッフ、船のスタッフ(レストランやルームキーパーさん)は、日本語のできない多国籍の人々。

客は全員日本人だが、年齢は10歳から80代まで様々。乗船してまもなく若者同士自己紹介を始めると、往々にして聞かれるのが「どこピーセン?」。つまり、全国にあるピースボートセンターのどこを拠点にしていたか、という事である。センター通いの人たちは、もう乗船前から繋がりをもっており、そこから共通の知り合いの話などで盛り上がったりするのだ。はい、アウェー。やや人見知りのある自分にとっては、不安な事この上ない。

だが、出鼻をくじかれた感はあるものの、通ってない人も多々いることが分かり、そのアウェー感は全くではないが、少しずつ消えていった。

ここからは、細かく言うともんでもない時間がかかるので、大まかに楽しさを伝えようと思う。

まず船内で暇をすることはない。全てが新鮮であり、何もせず甲板でぼーっとすることすら特別なのだ。私が行った時期は9月から1月半ばまでの110日間。その時期のイベントはほぼ網羅され、運動会、音楽フェス、クリスマス、年越しなど、大きなイベントは船をあげて大々的に催される。

そして、客自身が開催者となり、構成から音響などの裏方、司会進行等々をするのだ。もちろん希望者で構成されており、私はもっぱら参加するだけの受け身だった。

シアターからホール、図書館にバー、居酒屋(バイトができる)、ジャグジーやプール、設備は古いが小さなジムに、バスケもできる。ソファーのあるフリースペースなどもあり、毎日どこかで客が企画した小さなものからそれなりな人数までのいろんな催しが行われている。

船内新聞というものがあり、前日に配られるため、それを確認し、友達となった子達とどこそこのイベントに行こう、とか、一人で思いつきで行ったり、べつに企画に興味がなければソファーで寝ていたり、甲板でイルカを探したりしていてもいいのだ。

夜型のイケイケグループもあったが、私がいた4人部屋は、比較的大人しめで、夜はちゃんと寝るタイプの子達だった。自分もそのタイプだったため、部屋の住人でトラブルになることはなく、むしろ行動を共にすることも多かった。基本的には自由なので、一緒に行かないといけないということもなく、あくまでも自分のリズムで良いので、気を使ってストレスになることは無かった。別の部屋では生活リズムが全く合わず、仲が悪いと言うか、ほぼ関係を持たない同室者同士もいたが。

上陸日でない私のルーティンは、船内時間(時差があるので、時々時間を早めたり遅めたりするタイミングがある)で、六時半のラジオ体操に参加。七時から朝食(バイキングスタイルのところとウエイトレスのいるレストランタイプと2箇所あるため、メニューを見て行きたい方に行く。両方も行くのもありw)、少し休んで9時から、テニス(!)、10時から少しジムに行って、自室のシャワー浴びながら、洗濯。あとはフラフラして適当に昼ごはん。一人で行ったり、誰かと行ったりまちまち。午後からは興味のある企画があれば顔を出し、ソファーで本を読んだり甲板で昼寝したり。夜ご飯は部屋の子と行く事が多かった。私はそんなに変わらなかったが、レストランをはしごして太っていく人たちも多数いた。

企画としては、船内でコンビを組んだ人の素人漫才を見たり、バスケや、ワークショップのようなもの、シアターで好きなバンドのライブ映像流すから盛り上がろう!的なものから、ただただ水曜どうでしょうが流されていたり、看護師集まれ!みたいな交流会だったり、何でもあり。ソファーで本を読んでいると、知らない中年の方が何読んでるの?と来て、一緒に話をしたり、毎日誰かと初めまして状態。そのうち何となく、友達って呼べる程度の顔見知りになってきて、ここの国は一緒に回ろうと約束をしたり。そんな感じで過ごした。

そして、各国についた時の上陸日。前日に必ず、上陸説明会というものがあり、そこで様々な注意事項が説明される。フリーの人、ツアーの人、なぜか上陸せず船内に残る人、色々。とはいえツアー参加者が多かった記憶がある。

全くのフリーで回る人たちもいて、凄いなぁと思っていた。そりゃぁ、もう、ツアーでもフリーでも、全てが新鮮で、ドキドキして楽しかった。アンコールワットにピラミッドにパナマ運河に、ガウディにナスカにモアイに、オペラハウス!他にもたくさん!短期間でこんなに回れるなんて!

そりゃあ、一か国の滞在時間は数時間から長くても半日。港町からだから、じっくり回れはしないけど、気に入った国があれば、またいつか訪れればいい。そんな未来の想像をすることも楽しい。

国を訪れるのも楽しすぎたけど、初めての大海原で、見たこともない満天の星空に天の川、遠くの方に空から海への稲光り、どこまでも続く水平線にイルカの群れを見たり、地球というものにも圧倒された。あの、星空は大海原のど真ん中だからこそであり、もう見る事は出来ないだろう。今のスマホやカメラの技術があれば、撮れたのになぁ、当時はそんなものないから、心の中のアルバムにだけしまってある。

そういえば、船内には、A国からB国までは○○さん、C国からF国まで○○さん、といった感じで、日本人や外国人のジャーナリストや写真家、画家や棋士など、おそらくPEACEBOATのポリシーに賛同する有名人がゲストとして乗船してきていた。その人たちの講義を聞いたり、直接話したりすることができることも、PEACEBOATならではの企画だろう。有名人だけでなく、老若男女が1000人も乗っているのだ。全国色んな所から乗船してきた普段関わることがないような異業種の人や、今まで自分の周りには居なかったようなタイプの同年者、経験豊富な年配者からの話など色んな人の色んな人生の話を聞くのも、いかに自分が閉鎖的というか偏った思考を持っていたのかなどを気づくことができた。

3.下船後

始めは110日間、長いなぁなんて思った事もあったが、最後の国だったオーストラリアを出たときに、まだまだ帰りたくない、いつまでも旅をしていたいという思いに駆られていた。何度も言うが他力本願な旅とはいえ。

帰る頃になると、付き合う友人も、ある程度固まってくる。「知り合い」と「友達」と呼べる人たちが出来ていたが、それでもかなりの人数と連絡先を交換した。まだ帰りたくないと思いつつも、日本に帰ってきたという安堵感もあった。しかし、そこからの私は横浜港に着港してからも、すぐには地元に帰らず、船内で仲良くなった友達と、ネットカフェに泊まったり、東京近郊の子の家に泊まりに行ったりして関東圏をウロウロしていた。船内では、日本にいるときのようなオシャレというものは忘れ去られ、いかにもというバックパッカーの服装で、銀座を歩いていた。今その恰好ではとてもじゃないが、東京、いや地元でも歩けない。そして、内容は忘れたし放送されたかもしれないが、なぜかテレビの街頭インタビューをされたことは、今でも謎だ。

そして親から、いつ帰ってくるんだと怒られ、2週間の浮浪は終わりを告げた。

乗船後も○周年パーティーが企画されたり、その他にも、バレー合宿といって静岡のほうに施設を貸し切って合宿をしたり、様々なイベントが行われた。これも、私は主催側ではなく、参加側に徹底していたのだが。すぐに就職をし、また忙しい生活に追われたが、FACEBOOKで近況を報告しあったり、個別にも連絡をとったりして色んな人と交流は続いていた。年数がたつにつれ、連絡を取る人たちも限られてはくるが、それでも、飲み会が開かれるとき一人でも仲良かった人がいれば、他はあまり知らなくても「あんまり船で関わらなかったよね~」とか言いながら、まったく違和感なく溶け込める間口の広さは独特かもしれない。

船客同士での結婚式にも行ったし、私の結婚祝いもしてもらった。独身時代は「北海道行きたいな。そうだ、○△に泊めてもらおう」「沖縄でやちむん(陶器)作ってるって言ってたな。お店に行こう」「来週東京行くんだけど、夜ごはん行こうよ」と、全国に出かける口実があるため、いろんな所に行った。今でもそんな理由で旅行をしている。

何よりも、日本語が通じるし、他力本願とはいえ世界で鍛えられたため国内一人旅のハードルは劇的に下がっていて、色んなところを訪れていった。もちろんバックパックではないが、それなりのフリープランでインドに行ったり、完全フリーでフィンランドに行ったり、海外にも結構行った。13年が経った現在、やはりあの時の経験は大きいと思う。

時々PEACEBOATをバカにする人もいたが、乗ったことがないやつらのいう事なんて無視すればいい。色んな人が色んな考えで乗っており、自由に生活をし、時々気まずくなることがありつつも、人生の友と呼べる人とも出会えたことは、私の人生にとって大きな収穫だ。一人の旅先でも、旅人同士の交流に抵抗なく溶け込めるようになった。

世界遺産に触れただけではなく、もちろん、きれいな国から色んな意味で途上な国もあった。お腹も壊したし。地球環境についても考えさせられる事もあったし、その国の歴史を学ぶきっかけにもなった。短期間に多様な人種の人たちに出会い、具体的には言えないが今まで日本人としか関わってきたことがなかった自分にとっては、かなり魂を揺さぶられた。

今はSNSで世界と繋がることができる、しかし現地の空気を直に感じることに勝ることはない、とも思っている。

以上が私のPEACEBOATの感想だ。楽しかった思い出しかない。正直お金はポスター以上の金額がかかっている。特に今よりドルもユーロも高かったし。

もし乗船を迷っているなら、乗るべきだ。英語が話せるようにはならないが語学留学ではできない貴重な体験ができる。ただ、頑張ってお金ためてね。

どうだった?

やっぱり旅行って人の人生観を大きく変えるものだなって、改めて思ったよ。

ピースボートいつか乗ってみたいね!

ほんとだね!

知らない人が多いけど、ピースボートが無料で配布しているパンフレットがあって、見てるだけでも結構楽しいんだよ!

こんなプランで行ってみたいなとか、世界にはこんなところがあるんだなとか、見てるだけでもワクワクする!

へー、そんなのがあるんだね!

早速取り寄せてみるよ!

Oisix(おいしっくす)